東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)48号 判決 1989年4月26日
原告 東洋製罐株式会社
右代表者代表取締役 高碕芳郎
原告 ライオン株式会社
右代表者代表取締役 小林敦
右両名訴訟代理人弁護士 藤本博光
同弁理士 鈴木郁男
被告 特許庁長官 吉田文毅
右指定代理人 磯部公一
<ほか二名>
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
「特許庁が、同庁昭和六〇年審判第二〇一七三号事件について、昭和六一年一二月一八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文第一項同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告東洋製罐株式会社は、昭和五三年六月二日、名称を「押出しチューブ包装体及びその製造法」(但し、昭和五七年五月一〇日付手続補正書で「押出しチューブ容器及びその製造法」と訂正し、更に昭和六〇年一一月一二日付手続補正書で「押出チューブ容器の製造法」と訂正)とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をし(昭和五三年特許願第六五八三七号)、昭和五四年七月二六日、ライオン株式会社を本件特許を受ける権利の共有者とする届け出を被告にし、昭和五七年一二月三日に本願につき特許出願公告がされた(同年特許出願公告第五七三三八号)が、特許異議の申立があり、昭和六〇年六月二一日に拒絶査定を受けたので、昭和六〇年一〇月一七日、原告らは、これに対し審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同庁同年審判第二〇一七三号事件として審理し、昭和六一年一二月一八日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、昭和六二年三月二日原告らに送達された。
二 本願発明の要旨
「酸素透過計数が5.5×10-12cc・cm/cm3sec・cmHg(37℃, 0%RH)
以下の酸素バリヤー性熱可塑性樹脂から成る少なくとも一個の中間層と耐湿性オレフイン系樹脂から成る内層及び外層とが、遊離カルボン酸、カルボン酸塩、カルボン酸エステル、カルボン酸アミド、カルボン酸無水物、炭酸エステル、ウレタン、ウリアの官能基に基づくカルポニル基(>C=0)を含有する熱可塑性樹脂から成る接着剤層を介して接合されている多層構造のパリソンを割型内でネジ付押出口、円錐状肩部、筒状胴部及びこれに連なる底部を備えた可撓性ボトルに中空成形する工程と、前記ボトルの底部をそれに連なる胴部の端縁部において切断して前記底部を除去する工程と、前記ボトルの切断された端縁部を挾持して対向するオレフィン系樹脂内面層同志をヒートシールにより重ね合わせ接合させる工程とから成ることを特徴とする押出チューブ容器の製造方法」
三 本件審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項のとおりである。
2 これに対し、特開昭五二―五一四六四号特許出願公開公報(以下、「第一引用例」という。)には、多層押出ダイヘッドと口部金型によりパリソンを押出形成し、次いでブロー成形金型を閉じてブローすることからなる、ネジ付押出口、円錐状肩部、筒状胴部を一体に備え、底部の開口した、熱可塑性樹脂の多層よりなる可撓性のチューブの製法が記載されている。また、第一引用例の(2)頁右上欄一行ないし一〇行には、パリソンをブロー成形金型に入れてチューブの口部と胴部を一体に成形する方法では、欠点がある旨と、その改善として前記製法がなされた旨記載されている。また、同じく引用された実願昭五〇―四五八三八号(実開昭五一―一二九六五一号)の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下、「第二引用例」という。)には、スクイズチューブの筒部材を、中心層がエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物であり、内外層がポリオレフィン樹脂であり、両中間層がポリエチレンまたはポリプロピレンの不飽和カルボン酸グラフト物である五層の熱可塑性樹脂より成るもので構成したものが記載されており、その中心層の樹脂はガス遮断性の高いものであること、中間層の樹脂は中心層と内外層の両樹脂に接合性のよい旨、更に、スクイズチューブ端末部はヒートシールされる旨記載されている。
3 そこで、本願発明と第一引用例に記載された事項を対比すると、両者は、多層構造の熱可塑性樹脂よりなるパリソンをブロー成形金型内で、ネジ付押出口、円錐状肩部及び筒状胴部を備え、底部を備えない可撓性チューブ状物を中空成形する方法の点で軌を一にし、他方、(イ)多層構造の熱可塑性樹脂よりなるパリソンについて、本願発明では前記多層構造より成るものであるのに対して、第一引用例にはこの点は記載されていない点、(ロ)底部を備えない可撓性チューブ状物の成形工程及び開口した底部端縁部の接合について、本願発明では、パリソンから底部を備えたボトルを成形し、次いで底部を切断除去する工程よりなるとともに、その開口した底部端縁部の接合はオレフィン樹脂内面層同志をヒートシールする工程より成るのに対して、第一引用例の方法は、パリソンから底部の開口したボトルを直接成形しており、本願発明におけるそれら各工程方法については明示していない点で、両者は相違するものと認められる。
4 よって、まず相違点(イ)について検討する。第二引用例に示されている熱可塑性樹脂の五層よりなるスクイズチューブ材と本願発明で用いられる多層構造の樹脂材とを対比すると、第二引用例の各層に用いられる樹脂は、本願発明で用いられる五層のそれぞれ対応する層に用いられる樹脂とは同一範ちゅうのものである。第二引用例には中心層の樹脂のガス遮断性について、本願発明で規定するような酸素透過係数については明示していないが、そのような中心層に用いられる樹脂がガス遮断性の樹脂として、そのような規定する酸素透過係数以下のものであることは周知(必要ならば「包装技術」、社団法人日本包装協会昭和五二年六月一日発行、第一五巻第六号二一頁ないし二四頁参照)のことであるので、本願発明における酸素透過係数については、第二引用例の中心層に用いられる樹脂が普通に有する物性を本願発明は単に数値的に明示したにすぎないものである。してみれば、本願発明で用いられる熱可塑性樹脂より成る多層構造は第二引用例に記載されているものにすぎないので、そのようなチューブ形成材を、第一引用例の多層構造のチューブ材に替えて適用しようとすることは、当業技術者が容易に想到し得ることと認められる。
5 次に、相違点(ロ)については、第一引用例には前記したように、従来パリソンをブロー成形金型に入れてブロー成形されていた旨記載されているが、そのような従来のブロー成形法において、ボトル状パリソンから底部を有するチューブのブロー成形法は周知の方法にすぎないことであり、また、小さな押出口を有するチューブへの粘稠物の充填は、チューブ底部を切断した開口部より行い、次いで開口部を熱接着することは第二引用例に明示されているとともに、周知のことにすぎないことである。
6 また、本願発明における効果は第一引用例と第二引用例及び周知の方法に示されているものか、それから予期される程度のものにすぎないものと認められ、格別のものとは認められない。
7 したがって、本願発明は、第一引用例と第二引用例及び周知の方法により、当業技術者が容易に発明をすることができたものであって、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、特許法一五九条二項において準用する同法五〇条の規定に違反してなされたものであり(取消事由(1))、右違反がないとしても、本願発明と第一引用例に記載された発明(以下、「第一引用発明という。)との間に存する相違点を看過誤認し(取消事由(2))、仮に右看過誤認がないとしても、本件審決挙示の相違点(イ)、(ロ)についての判断を誤り(取消事由(3))、ひいて本願発明が、第一引用発明と第二引用例に記載された考案(以下、「第二引用考案」という。)及び周知の方法にはみられない特段の効果を奏することを看過誤認し、本願発明をもって第一引用例と第二引用例及び周知の方法により当業技術者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるので、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由(1)(特許法一五九条二項、五〇条違反)
本件審決は、特許法一五九条二項において準用する同法五〇条の規定に違反してなされたものである。なお、請求の原因に対する認否及び反論二1(一)記載の審査及び審判における手続の経緯については認める。
(1) 本願発明は、昭和五七年一二月三日付けで特公昭五七―五七三三八号をもって特許出願公告がされたところ、昭和五八年一月二六日に申立人本多敬から異議申立がなされた(甲第三号証参照)。次いで同年一月二七日、申立人凸版印刷株式会社から(但し、これは昭和五八年八月一八日取り下げとなった。)、同年二月二日に申立人平田豊次及び高橋一行から、同年二月三日に申立人吉田繁喜からそれぞれ異議の申立がなされた。特許庁は、昭和六〇年六月二一日、この異議申立のうち本多敬の申立に対し、「この特許異議の申立は、理由があるものと決定する。」との決定をなし、同日、右特許異議決定の理由と同じ理由で、本願を拒絶すべきものと査定した。右特許異議決定の理由の要旨は、「本願の特許出願公告時の特許請求の範囲1に記載された発明(以下「第一発明」という。)と実開昭五一―一四一五〇号の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第六号証)に記載されている押出しチューブ容器とは二点で相違するが、この相違点は、実開昭五一―一二九六五一号の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第七号証)に示されているところにならって、当業技術者が格別の発明力を要することなく思考、想到し得たものと認められるから、本願出願人(原告ら)は特許法二九条二項の規定により、第一発明(押出しチューブ容器)について、特許を受けることができない。」(甲第五号証参照)ということであって、本願の特許出願公告時の特許請求の範囲6に記載された発明(以下、「第二発明」という。)である「押出しチューブ容器の製造方法」については何ら言及していなかった。そこで原告らは、昭和六〇年一〇月一七日審判請求をなして、直ちに同年一一月一二日に手続補正書を提出し、本願発明を「押出チューブ容器の製造方法」(発明の名称は「押出チューブ容器の製造法」)のみに減縮補正をなした(甲第八号証参照)。ところが、その後特許庁は、何ら原告らに対し拒絶の理由を通知せず、また相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えずに、昭和六一年一二月一八日に本件審決を行ったものである。
(2) そもそも本願発明のように、物の発明と方法の発明の二発明として出願をなした場合に、審査官がそのうちの方法の発明については全くふれないで、物の発明についてのみこれを取り上げ、前記の理由によって異議申立は理由があるとする異議決定及び同理由による拒絶査定をなしたので、出願人である原告らが物の発明を放棄し、方法の発明のみに減縮して本件審判請求を行ったような場合には、これは審判の段階で行われた新たな主張と見るべきであり、このような新たな主張に対して拒絶の理由を発見した場合は、査定の理由(異議の理由)とは異なる拒絶の理由を発見した場合に該当するとしなければならない。
そうであるとすれば、特許法一五九条二項において準用する同法五〇条の規定により、審判官は特許出願人たる原告らに対し拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならなかったのに、これをなさずにした本件審決には手続違背があり、本件審決は違法として取消を免れない。
2 取消事由(2)(本願発明と第一引用発明との間に存する相違点の看過誤認)
本件審決は、本願発明と第一引用発明とを対比判断するに当たり、本願発明と第一引用発明とは、多層構造の熱可塑性樹脂よりなるパリソンをブロー成形金型内で、ネジ付押出口、円錐状肩部及び筒状胴部を備え、底部を備えない可撓性チューブ状物を中空成形する方法の点で軌を一にしていると認定判断しているが、その前提となる、構成についての事実認定において、本願発明では、可撓性ボトルのネジ付押出口、円錐状肩部、筒状胴部及び底部の全てが、割型内での中空成形により五層パリソンから一挙に形成される構成であることを看過誤認したものであり、一方、第一引用発明では、口部が射出成形で形成され、口部成形後にはじめてパリソンが形成されるものであり、その後底のないチューブ本体が多層パリソンから割型内で中空成形される構成であることを看過誤認したものであり、その結果本願発明と第一引用発明との間に存する右の相違点を看過誤認し、ひいて本願発明の奏する後記特段の効果を看過誤認し、本願発明をもって容易に発明をすることができたものとした違法があるから取り消されなければならない。
3 取消事由(3)(本件審決挙示の相違点(イ)及び(ロ)についての判断の誤り)
(一) 本件審決は、本件審決挙示の相違点(イ)について、第二引用発明のチューブ形成材を第一引用発明の多層構造のチューブ材に替えて適用しようとすることは当業技術者が容易に想到し得ることと認められるとしているが、第一引用発明の製造方法に第二引用考案のチューブ材を適用しても、第一引用発明の射出中空成形法では、口部や円錐状肩部に五層構造を明確に形成させることは困難であるので、右認定判断は誤りである。なお、第二引用例には、スクイズチューブの筒部材を、中心層がエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物であり、内外層がポリオレフィン樹脂であり、両中間層がポリエチレン又はポリプロピレンの不飽和カルボン酸グラフト物である五層の熱可塑性樹脂より成るもので構成したものが記載されていること、その中心層の樹脂はガス遮断性の高いものであること、中間層の樹脂は中心層と内外層の両樹脂に接合性のよいこと、右スクイズチューブ端末部はヒートシールされることがそれぞれ記載されていること、第二引用考案の五層の熱可塑性樹脂の各層に用いられる樹脂が、本願発明で用いられる五層の熱可塑性樹脂の各層に用いられる樹脂とそれぞれ同一範ちゅうのものであること、本願発明における酸素透過係数は、第二引用考案の中心層に用いられる樹脂が普通に有する物性を単に数値的に明示したにすぎないものであることは認める。
(二) また、本件審決は、本件審決挙示の相違点(ロ)について、小さな押出口を有するチューブへの粘稠物の充填は、チューブ底部を切断した開口部より行い、次いで開口部を熱接着することは第二引用例に明示されているとともに、周知のことにすぎないことであるとしているが、第二引用例には前記手段については開示されていないし、少なくとも筒状胴部の端縁部において底部を切断し、この開口から内容物を充填し、次いで開口部を熱接着することは周知の技術的事項ではない。第二引用例には、注出口及びこれに連なる円錐状の肩部を有する頭部と、筒状の胴部を接合してなる合成樹脂製スクイズチューブが記載され、またその第1図には筒状の胴部の端に端末溶封部を形成させることが確かに図示されているが、チューブ底部を切断して開口部を形成させることや、この開口部から内容物を充填することについては、何ら記載されていないし示唆もされていない。また、仮に、筒状胴部の端縁部において底部を切断し、この開口から内容物を充填し、次いで開口部を熱接着することが周知の技術的事項であったとしても、本願発明のような多層チューブ容器にも適用される周知事実ではない。
(三) 右のように、本件審決は、本件審決挙示の相違点(イ)及び(ロ)についての各判断を誤り、ひいて本願発明の奏する後記特段の効果を看過誤認し、本願発明をもって容易に発明をすることができたものとした違法がある。
4 本件審決は、本願発明における効果は第一引用発明と第二引用考案及び周知の方法に示されているものか、それから予測される程度のものにすぎないのであって、格別のものとは認められないとしているが、誤りである。即ち、
(一) 本願発明は、次のとおりの効果を奏する。
a 継目が存在しあるいは五層構造が部分的に欠除されているチューブ容器に比して、本願発明のチューブ容器は、酸素や水蒸気等の気体や溶剤あるいは香気成分等の透過性を一層顕著に抑制することが可能となり、内容物の保存性、保香性を顕著に向上させることが可能となる。
b 本願発明のチューブ容器には、どの部分にも固い継目がなく、しかも、どの部分も可撓性であることから、どの部分の押圧変形も容易に行われ、その結果として内容物を実質上全てチューブ容器外に押出して有効に利用することができる。
c 本願発明のチューブ容器にはどの部分にも継目がなく、全体が滑らかであることから全面印刷が可能であり、また外観特性にも優れている。
d ボトルの底部をそれに接続する筒状胴部の端縁部で切断し除去することにより、チューブ容器の底部に固いボトル底部が存在しないため内容物の押出特性が良好となる。
e 筒状胴部の内層が耐湿性オレフィン系樹脂層からなることを利用して、筒状胴部の切断された端縁部を挾持して内層同志をヒートシールすることにより、内容物充填後の容器内に存在する空気等を外部に排出することが可能となり、これにより容器の体積をコンパクト化し得ると共に、残存酸素による内容物の変質を防止し得る。
f 有底可撓性ボトルを前駆体とする製造法を用いることにより、特にそのために製造した装置でなく、普通に使用している有底ボトル製造用中空成形装置を押出チューブ容器の製造に利用でき、押出チューブ容器を連続的に、能率よく製造できる。
(二) そして、右効果のうち、a、d、e、fは本願発明の奏する特段の効果である。即ち第一引用発明及び第二引用考案並びに本件審決が指摘する周知の方法のいずれにも、チューブ容器のネジ付押出口、円錐状肩部及び胴部の全てに、五層パリソンの積層構造がそっくり導入されることにより、内容物の保存性や保香性が向上するという前記aの特段の効果や、底部に連なる筒状胴部の端縁部において底部を切断、除去することによる前記d、eの特段の効果については何ら記載も示唆もされていない。更に、これらの特性を有する押出しチューブ容器が有底五層ボトルを前駆体とすることにより、通常用いられるボトル用中空成形機を用いて、能率的且つ経済的に製造することが可能となるという前記fの特段の効果についても何ら記載も示唆もされていない。
第三請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。同四の主張は争う。
二 本件審決の認定判断は正当であり、原告ら主張のような違法はない。
1 取消事由(1)について
請求の原因四1の(1)記載の審査及び審判における手続の経緯については認めるが、本件審決に至る手続は正当であり、原告ら主張のような違法はない。
(一) 即ち、本願の特許出願公告時の特許請求の範囲には、第一項記載の「押出しチューブ容器」(以下、単に「第一発明」という。)と第六項記載の「押出しチューブ容器の製造方法」(以下、単に「第二発明」という。)(甲第二号証参照)の二つの発明が記載されていたところ、本多敬による特許異議申立書は、昭和五八年一月二六日に提出され(甲第三号証)、昭和五八年三月二日に特許異議理由補充書が提出され(甲第四号証)、これらの副本及び右特許異議理由補充書の添付書類として第一引用例(甲第九号証)及び第二引用例(甲第七号証)の写しが昭和五八年八月九日に発送され出願人(原告ら)に送達された。右特許異議申立の理由は、審査手続における甲第一ないし第三号証、第五ないし第七号証を提示して、第一発明及び第二発明は当業技術者が容易に発明し得た旨を主張の一部とするものである。この異議申立に対して出願人(原告ら)は、昭和五八年九月一九日付で特許異議答弁書(甲第一〇号証)を提出するとともに同日付で第一発明及び第二発明をそれぞれ補正する手続補正書(甲第一一号証)を提出した。そして右特許異議の申立が理由があるものと決定された理由は、補正された第一発明は特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないというものであり、本願はこれと同じ理由をもって拒絶すべきものと査定されたところ、審判請求人(原告ら)は拒絶査定不服の審判を請求し、昭和六〇年一一月一二日付でした手続補正により、右補正された第二発明と同一の「押出チューブ容器の製造方法」(発明の名称は「押出チューブ容器の製造方法」)の発明(即ち本願発明)のみに補正(甲第八号証)をした。
(二) 右特許異議理由補充書によれば、本件審決で引用した第一引用例の特開昭五二―五一四六四号特許出願公開公報(甲第九号証)及び第二引用例の実願昭五〇―四五八三八号(実開昭五一―一二九六五一号)の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第七号証)は、第一発明のみならず、第二発明に対しても、これらの発明が特許法二九条二項に該当するという理由の証拠として提示されたものであることは明らかである。そして、右特許異議申立書及び特許異議理由補充書が出願人(原告ら)に送達されたことにより、出願人(原告ら)は右特許異議申立に対して、意見を述べ、明細書を補正する機会を与えられたものであり、実際に出願人(原告ら)は前記答弁書及び手続補正書を提出して対応していることが認められる。
右のように本願についての特許異議の申立てから特許異議の決定及び拒絶査定に至る経緯をみれば、出願人(原告ら)に対しては、第一発明のみならず第二発明を含む本願について、拒絶理由通知の手続に相当する手続がされていたものとみることができる。そして拒絶査定に対しては、審判請求人(原告ら)は各発明について充分に検討し、特許異議申立の理由及び証拠に対処しうるものとして、審判請求時に、特許公告時の特許請求の範囲に記載されている二つの発明のうち、製造方法の発明(本願発明)のみに補正する手続補正をしたものと認められる。
(三) 一方、特許法一五八条には、審査においてした手続は、拒絶査定不服の審判においても、その効力を有する旨規定されており、これを本件についてみると、本願発明を含む本願に対しては、右特許異議申立書及び特許異議理由補充書が出願人(原告ら)に送達されたことにより、特許法五〇条に相当する拒絶理由通知の手続がされ、これは審判においても維持されているものということができる。
してみると、本願発明を含む本願については、審査において特許法五〇条に相当する拒絶理由通知がされているものを、重ねてしなければならない理由はなく、本願発明については、本件審決が改めて拒絶理由通知をせずに直ちにした点については、特許法一五八条の規定に照し、かつ特許法一五九条二項の規定の趣旨を勘案した場合には、同法一五九条二項に規定する手続に違反していないものとされるべきである(東京高裁昭和四九年九月二五日言渡昭和四九年(行ケ)第五一号判決、東京高裁昭和六一年九月九日言渡昭和五七年(行ケ)第一六五号判決参照)。
原告ら(審判請求人)は、本願のように、物の発明と方法の発明の二つの発明を含むものを出願し、方法の発明については全く言及せずに物の発明についてのみ取り上げて特許異議の申立が理由あるものと決定されたことにより、方法の発明のみに減縮して拒絶査定不服の審判の請求をしたような場合には、これは審判において行なわれた新たな主張とみるべきであり、このような新たな主張に対して拒絶の理由を発見した場合は、査定の理由(異議の理由)とは異なる拒絶の理由を発見した場合に該当するとしなければならない旨主張するが、前述したことから、到底採用することができない主張である。
以上のとおりであるから、本件審決における手続には、原告ら主張のような特許法一五九条二項の規定に違反する点はない。
2 取消事由(2)、(3)について
(一) 吹込成形により可撓性ボトルを形成するのに用いられるパリソンについてみると、中空管状パリソンはもっとも周知のものであるが、それとともにボトル口部をあらかじめ形成したパリソンも周知のものである(瀬戸正二監修の大阪市立工業研究所プラスチック課編纂「実用プラスチック用語辞典」株式会社プラスチック・エージ第二版第四刷昭和五〇年一月二〇日発行三九六頁右欄「パリソン」の項(乙第一号証)、高分子学会高分子辞典編集委員会編集「高分子辞典」株式会社朝倉書店昭和五三年五月一日第五刷発行五四三頁「パリソン」の項(乙第二号証)参照)。
そこで本願発明で用いられるパリソンについてみると、本願明細書の特許請求の範囲にはただ「パリソン」と記載するだけで、第一引用例におけるような口部をあらかじめ形成したパリソンを明確に排除するものではないので、原告らが主張する中空管状パリソンに限定して解されるものとは直ちにはみることはできない。またパリソンとの関係で、中空成形する工程は、原告らが主張するようなネジ付押出口をはじめとして一挙に可撓性ボトルが製造される方法に限定して解されるものとは、同特許請求の範囲の記載からでは直ちにはみることができない。
してみれば本願発明と第一引用例との間には、原告主張のような相違点が存在するものとは言えないので、本件審決には原告ら主張のような相違点の看過はないというべきである。また、同様に本件審決挙示の相違点(イ)についての認定判断についても誤りはないというべきである。
(二) 仮に、本願発明で用いるパリソンと中空成形する工程が原告ら主張のとおりであるとしても、その点は第一引用発明との格別の相違点とみることはできない。
即ち、全日本プラスチック成形工業連合会編「実用プラスチック成形加工便覧(増訂版)」産業図書株式会社昭和四四年一〇月三〇日第六刷発行三八一、三八二頁(乙第三号証)に示されているように、連続押出しにより成形された中空管状(チューブ状)のパリソンを金型内で中空成形して、ネジ付口部、円錐状肩部、筒状胴部及び底部を一挙に形成する吹込成形法による可撓性ボトルの成形法は、きわめて周知の方法にすぎない。乙第三号証には、「吹込成形法というのは、熱可塑性プラスチックの材料を押出成形機で管状に押出し、その先端を金型の一部ではさんで封じてから、管の内部に圧縮空気を吹き込んで膨張させ、金型の内壁に密着するよう膨張させ、中空体を成形する方法である。」(同号証三八一頁三行ないし六行)と、吹込成形について概説するとともに、図6・1・1の説明として「押出成形機から押出されてくる材料は、あらかじめ所望の肉厚、直径を持ったパイプ状のものである。このパイプが適当な長さまで押出された状態になると(図6・1・1(a))、開放されていた金型は左右から閉じパイプの末端をはさんで封じ込んでしまう。次に圧縮空気が吹込まれると、パイプ状のプラスチック材料はまだ温度が高く軟化状態にあるので、膨張して金型の内壁に密着する。この成形品を冷却後取出せば金型のとおりの中空成形品が得られる。」(同頁一六行ないし二三行)と記載し、図6・1・1は中空管状パリソンから、ネジ付口部、円錐肩部、筒状胴部及び底部を有するボトルが一挙に成形されることを図示している。また同三八二頁にも同様の図と説明が図6・2・2について記載されている。そして、該周知の吹込成形法において、中空管状のパリソンとして多層構造のものを用いるならば、多層構造の可撓性ボトルを口部をはじめとして一挙に中空成形することができることは、第一引用例に先行技術として示されているとともに、特開昭五二―四七八六一号特許出願公開公報(乙第四号証)を挙げて、本願明細書に、「多層チューブの他の製造法として、多層有底パリソンを、ブロー成形金型内に入れ成形温度にした後、チューブの口からエアーを吹き込み、口部と胴部を同時に一体成形することも既に提案されている(例えば特開昭五二―四七八六一号公報)。」(本願明細書(甲第八号証)三頁一六行ないし四頁一行)と記載して、原告らも認識していることである。
しかして、本願発明におけるチューブ容器の五層構造は、第二引用例に示されているので、本願発明における五層構造の可撓性ボトルを製造しようとするに当たり、該周知の吹込成形法において、中空管状パリソンとして、第二引用例に示される五層構造のものを用いて成形しようとすることは、当業技術者が適宜になし得ることである。そして、該成形法によれば、パリソンの五層構造をそのままネジ付口部、円錐状肩部、筒状胴部及び底部に有する可撓性ボトルを一挙に成形できることは、該周知の方法と第二引用例、更には乙第四号証から予期されるものであって、この点の本願発明の効果は格別のことではない。
してみると、仮に本願発明のパリソンと中空成形する工程が原告ら主張のとおりで、本願発明と第一引用例の間には、原告ら主張の相違点が一応存在するとしても、本願発明のその点は、第一引用例の吹込成形法に替えて、当業技術者が適宜になし得る周知の方法の単なる変換にすぎないことであって、成形法としてはなんらの技術的意義もみることはできない。してみれば、原告ら主張の相違点は格別の相違点とみることはできないので、本件審決には、原告ら主張のような相違点の看過はないというべきである。そして、以上のとおりであるとするならば、本件審決における本件審決挙示の相違点(イ)の認定判断についても、原告ら主張のような誤りはないというべきである。
(三) 原告らは、本件審決は、本件審決挙示の相違点(ロ)についても判断を誤っている旨主張する。ところで、小さな押出口を有するチューブへの粘稠物の充填は、チューブ底部を切断した開口部より行い、次いで開口部を熱接着することが、第二引用例に開示されていないことは認める。
しかしながら、(社)日本包装技術協会「新・包装技術便覧」(財)日本生産性本部一九七一年一二月二〇日発行七七八頁(乙第五号証)に、「プラスチックチューブは普通底部から充填し、底部の端をヒートシールするが」(下から三行)と記載されているように、チューブ容器への充填は開口底部より行うことは周知のことである。該周知事実からするならば、チューブ容器が底部を有するものであるならば、充填のために底部を切除し、空気が入らないように充填した後に、ヒートシールにより密封するようなことは必要に応じて適宜になし得ることにすぎないことであるばかりか、特公昭四〇―二一四三三号特許出願公告公報(乙第六号証)、実願昭四九―四六九二四号(実開昭五〇―一三六六五一号)の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(乙第七号証)、実開昭五一―一四一五〇号の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第六号証)、右甲第六号証の明細書を補正する昭和五〇年九月二二日付補正書の内容を撮影したマイクロフィルム(乙第八号証)及び「プラスチック成形機総覧」社団法人日本合成樹脂技術協会発行昭和四二年一一月二五日製本一五一頁ないし一五九頁(乙第九号証)の記載を見れば、右事項は周知のことというべきである。即ち、乙第六号証の一頁右欄一一行ないし一五行には従来技術について、「しかし内容物を排出するための非常に先細の開口のものが要望されており、吹込成形法によって作った容器が、内容物の急速な詰め入れ作業と経済性との一致に適うように閉塞した底部を切断する必要が生じた。」と記載されている。乙第七号証の四頁一二行ないし一八行には、「この中空体を先づ胴部21の頭部側になる上端部22の直径d1の約〇・六四倍の直径個所X―Xの所から切断する。次にキャップ(第3図の28)を頭部23の頸部29に螺着したのち、中空体を倒立して底の方から内容品を注入充填し、底部を適宜手段で封鎖する。」と記載されている。これら乙第六号証及び乙第七号証の記載からするならば、吹込成形法により形成された底部を有する出口の小さな押出チューブ容器に、内容物を充填するために底部を切断し、充填後に底部を封鎖するようにするチューブ容器の製造方法が示されていることは明らかである。また、乙第八号証により補正された甲第六号証の三頁一三行ないし四頁一行には、「第3図はインジェクションブロー成形又は押出ブロー成形等によって成形し、底部をカッターで切断し、キャップ(図示せず)と嵌合する内容物取出口3と円筒状の胴部4とからなるシール前のチューブを示す。該胴部4の下方端部分5は直径が漸減している。第4図は、この直径が漸減している下方端部分5を押し潰してヒートシーラー、高周波シーラ、超音波シーラー等によってシール(押圧融着)して得たチューブを示す。」と記載されている。さらに乙第九号証の一五六頁右欄「b チューブ専用機」の項の下から一五行ないし七行には、「尤も成形機もチューブを一本ずつ成形するのでは生産性が悪いので、少くとも五個程度のパリソンが同時に成形可能なものでなければ意味がない。写真9に五頭による成形の一例を示す。この方法によると首部はマンドレルによりキャリブレートされ、型開き直後、製品取出し装置により前方に引取られ整列した状態で間褐(歇の誤記と思われる。)に移動するベルトコンベヤーに乗せられ、静止の状態の時、一定長になるように底部が切断され、フレーム処理、印刷、乾燥の行程にうつされる。」と記載されている。これら甲第六号証(乙第八号証による補正を含む。)と乙第九号証の記載からみて、吹込成形により成形されたチューブ容器の底部を切断していることは明らかであるが、ただ内容物の充填については記載していない。しかしながら、先に提示した乙第五号証、乙第六号証及び乙第七号証の記載からみて、内容物の充填は切断し開口されたチューブ容器の底部より行うようにすることは、当業技術者に自明のことにすぎないのである。そして、中空管状パリソンから吹込成形法により形成されたチューブ容器の底部は、中空管状パリソンの下端部が金型により挾まれたままの肉厚を有し、延伸された部分よりは厚肉となっているものであり、該底部を切断することは、結果として該肉厚の底部を切除することになることは自明のことである。
してみれば、本件審決において、本件審決挙示の相違点(ロ)について周知のことにすぎないことと認定判断した点には、原告ら主張のような誤りはないというべきである。
3 本願発明が奏するとする効果について
本願発明によるチューブ容器が、中空管状パリソンの五層構造がそっくり導入されるように一挙に成形できる旨の本願発明の効果は、格別のことでないことは前述したとおりであり、その成形されたチューブ容器が継目が存在しあるいは五層構造が部分的に欠除されているチューブ容器に比して、内容物の保存性、保香性が向上することは明らかなことであるので、その効果は格別のことではない。また前記周知の吹込成形法によれば、継目のない可撓性ボトルが成形されるものであるから、チューブ容器に全面印刷が可能であり、外観特性が優れている旨のcの効果は格別のことではない。また、普通に使用しているボトル製造用中空成形装置を押出チューブ容器の製造に利用でき、押出チューブ容器を連続的に能率よく製造できる旨のfの効果は、周知の吹込成形法を適用することによる効果そのものであって、格別のことではない。更に、チューブ容器には固い継目がない旨(b)、チューブ容器の底部に固いボトル底部が存在しない旨(d)及び内容物充填後の容器内に存在する空気を外部に排出することが可能となり、容器の体積をコンパクト化し得ると共に、残存酸素による内容物の変質を防止し得る旨(e)の効果は、格別のことではない。
してみれば、本願発明の効果についての認定判断について、本件審決には原告ら主張のような誤りはないというべきである。
第四証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告ら主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。
1 取消事由(1)について
原告らは、本件審決は、特許法一五九条二項において準用する同法五〇条の規定に違反してなされたものであるから、違法である旨主張するので検討するのに、本願についての特許出願公告に対し、本多敬他から特許異議の申立がなされたこと、特許異議申立人本多敬提出の特許異議理由補充書(甲第四号証)副本並びにその添付書類として第一引用例(甲第九号証)及び第二引用例(甲第七号証)の写しが原告らに送達されたこと、これに対し、原告らは、昭和五八年九月一九日付特許異議答弁書(甲第一〇号証)を提出するとともに同日付で第一発明及び第二発明をそれぞれ補正する手続補正書(甲第一一号証)を提出したこと、昭和六〇年六月二一日、前記特許異議の申立は理由がある旨の決定がなされたが、その理由は、右補正後の第一発明は特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないというものであったこと、本願は右特許異議決定の理由と同じ理由をもって拒絶すべきものと査定された(甲第一二号証参照)こと、原告らは、拒絶査定不服の審判を請求し、昭和六〇年一一月一二日手続補正書でした手続補正により、前記昭和五八年九月一九日付手続補正書により補正された第二発明と同一の「押出チューブ容器の製造方法」(発明の名称は、「押出チューブ容器の製造法」)の発明(即ち本願発明)のみに補正をしたことは、当事者間に争いがない。そして、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨及び《証拠省略》によれば、前記特許異議理由補充書には、第二発明は、第一引用例と周知の方法により容易に発明をすることができた旨及び特許出願人(原告ら)が補正を試みる可能性を考えてとして、第一発明のいわゆる実施態様項である本願の特許出願公告時の特許請求の範囲4及び5に記載された技術手段(パリソンの層構成に関するもの)も第二引用例により公知である旨の主張が記載されていること、その後、昭和五八年九月一九日付の前記補正により、第二発明は、パリソンの層構成を前記特許請求の範囲4に記載された層構成とし、かつそのうちの接着剤層の接着性樹脂を特定することにより減縮補正されたものであることが認められる。右事実関係によれば、異議申立人本多敬の異議申立理由補充書には、本願発明が第一引用例と第二引用例及び周知の方法により容易に発明をすることかできた旨の主張も記載されていると認めることができる。そうすると、右異議申立の理由は、本件審決が審判請求を排斥した理由と同じであると認めることができる。そして、原告ら(特許出願人)は、右特許異議理由補充書副本及び添付書類の送達を受けることにより、本願発明が第一引用例と第二引用例及び周知の方法により容易に発明をすることができたか否かが問題とされ、この理由により特許出願を拒絶されることがある旨を予め知らされ、かつ、その証拠をも入手していたのであるから、この点について、特許法五七条の規定による答弁書の提出及び同法六四条の規定による明細書又は図面について補正をする機会を与えられたものであり、右審査における手続きは、特許法一五八条の規定により、審判においても効力を有するから、審判において同趣旨の理由を拒絶理由とする場合には、特許法一五九条二項において準用する同法五〇条の規定が設けられた趣旨に照らし、改めて拒絶理由の通知をする必要はないものと解すべきである。
したがって、本件審決には、特許法一五九条二項において準用する同法五〇条の規定に違反する手続上の違法がある旨の原告らの主張は、採用することができない。
2 取消事由(2)について
(一) 前掲甲第八号証(昭和六〇年一一月一二日付手続補正書及び添付の訂正明細書。以下、右訂正明細書を「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、押出チューブ容器の製造方法に関するもので、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、従来の練歯磨、化粧料あるいは食品類等の高粘度液性物品を収容するための押出しチューブについて、そのチューブを構成する可撓性積層体は、「一般にアルミニウム箔或はエチレンー酢酸ビニル共重合体ケン化物等からなる酸素バリヤー性層を中間層とし、この両側にポリエチレン等のオレフィン樹脂層を積層したものから成っている」(甲第八号証の訂正明細書二頁一六行ないし二〇行)ものであること、これらの可撓性積層シートを「重ね合せ接合することにより筒状に成形し、この筒状胴部の一端部に、樹脂の射出成形により形成されたネジ付押出口とこれに連なる円錐状肩部とからなるものを接着させ、筒状胴部の他の端部を融着等により閉じ合わす」(同三頁一行ないし六行)ことによりチューブを成形していたこと、しかし、この種の多層チューブは、「胴部(「胸部」とあるのは、誤記と認められる。)の重ね合せ接合と、この胴部への肩部の接合というような手数のかかる面倒な工程を必要とすると共に、これらの接合部に一点の密着不良部が存在してもガスバヤリー性が失われ、内容物の変質やフレーバー(香味)の低下が生じるという欠点」(同三頁七行ないし一二行)があること、更に、「筒状胴部の先端に硬質の円錐状肩部が存在することに関連して内容物の全てを押出して有効に使用することが困難となる」(同三頁一三行ないし一五行)という問題点があること、また、多層チューブの他の製造法として、「多層有底パリソンをブロー成形金型内に入れ成形温度にした後、チューブの口からエアーを吹き込み、口部と胴部を同時に一体成形することも既に提案されている」(同三頁一六行ないし二〇行)こと、しかし、「このようなチューブ容器においては、チューブの底部が予め閉じられていることに関連して、狭い口部より内容物を充填しなければならず、高粘度の内容物の充填特性が悪く、また、底部に固いピンチオフ部が存在するため、内容物の押出性が悪い等」(同四頁一行ないし六行)の欠点があったこと、本願発明は、これらの欠点及び問題点を解決することを技術課題とし、前記本願発明の要旨記載の構成をとることにより原告ら主張のaないしfの効果を奏するものであることが認められる。
原告らは、本件審決は、本願発明が可撓性ボトルのネジ付押出口、円錐状肩部、筒状胴部及び底部の全てが割型内での中空成形により五層パリソンから一挙に形成される構成であることを看過誤認している旨主張するので検討するのに、前記当事者間に争いがない本願発明の要旨によれば、本願発明では、用いる多層構造のパリソンについて「多層構造パリソンを割型内で……可撓性ボトルに中空成形する」と規定しているのみであって、多層パリソンの形状がどのようなものであるかについての限定はないことが認められるところ、《証拠省略》によれば、「パリソン」とは、「吹込成形において金型にはさんで空気を吹き込みうるように予備成形されたチューブ状あるいはその他の形状の中空状のプラスチック材料」をいい、これを「パリソン」なる技術用語をもって表すものであること、このパリソンとしてチューブ状のもの及びあらかじめ容器頸部を形成した中空状のもの等が存在すること、右事実はいずれも本願出願当時周知の技術的事項であったことが認められるので、本願発明の要旨にいう「多層構造パリソン」はあらかじめ容器頸部を形成したものも含む構成であることが明らかである。したがって前記原告らの主張は、本願発明の要旨に基づかない主張であり採用できない。
(二) 一方、成立に争いのない甲第九号証(特開昭五二―五一四六四号特許出願公開公報)によれば、第一引用発明は、プラスチックチューブの製造方法及びその装置に関するもので、第一引用例には、特許請求の範囲の欄1)に、「押出ダイヘッドと口部金型とを密着し、熔融プラスチックを該金型に射出し、口部を成形後該金型の引き上げ速度に見合うように押出ダイから熔融プラスチックを射出し、チューブの胴部の長さまで離してパリソンを形成し、ブロー成形金型を閉じ、該パリソンに空気を吹き込みチューブ本体を成形することを特徴とするプラスチックチューブの製造方法」と記載されていること、発明の詳細な説明の欄に、「本発明は、プラスチックチューブの製造方法に係わるもので、プラスチックチューブの口部および胴部を同一プラスチックで一工程で製造する方法に関する」(甲第九号証右下欄三行ないし六行)、「ポリエチレン製のチューブをつくる方法として、まずチューブの胴部を押出成形法により成形し、これをチューブ口部の金型内に接合させ、該金型内に熔融樹脂を射出してチューブの胴部とチューブの口部を融着し、チューブ本体を成形していた。しかしこの方法はチューブの胴部および口部はポリエチレンの成形で二段階に成形しなければならず工程が繁雑になってしまっていた。さらに、前記内容物保存の目的でチューブの胴部をポリエチレンとポリエチレン・ビニルアルコール共重合体あるいはナイロン等の複合層としたチューブがあるが、これも胴部を形成した後、これを口部金型内で熱融着する二工程を経るものであったため、やはり工程は繁雑なものとなった。これを改良するため、パリソンをブロー成形金型に入れてチューブの口部と胴部を一体に成形する方法では、チューブ胴部の肉厚が不均一となり、また、口部の内径は七mmが限度でキャップだけでなく中栓が必要となる。そして、口部のネジの部分も精確でなく不都合が多いものであった。」(同二頁左上欄七行ないし右上欄六行)、「本発明は、これらの欠点を解消し、口部の内径が小さく、ネジ部分も精確で、しかも胴部の肉厚が均一なプラスチックチューブを一工程で製造する方法を得ることを目的とする。他の目的は、内容物の保存性の優れたプラスチックチューブを得ることである。」(同二頁右上欄七行ないし一二行)、「射出圧力は樹脂の種類、層構成によって決まるものである。この時用いる押出ダイヘッド(11)は、たとえば、第2図に示すような三層のダイヘッドである。」(同二頁左下欄二行ないし五行)と記載されていることが認められる。右事実及び第一引用例の図面によれば、第一引用発明は、パリソンをブロー成形金型に入れてチューブの口部(ネジ付押出口)と胴部(円錐状肩部及び筒状胴部)を一体に形成する方法の改良方法であり、多層押出ダイヘッドにより多層構造のプラスチック(熱可塑性樹脂)を口部(ネジ付押出口)金型に射出してあらかじめ口部(ネジ付押出口)を成形し、引き続き胴部の長さの多層構造パリソンを形成し、次いでブロー成形金型(割型)を閉じて空気を吹き込み成形をすることによりチューブ本体を製造する方法であることが認められる。そして、「パリソン」と技術用語で表されるものの中には、あらかじめ容器頸部(口部)を形成した中空状のものも存在することは前叙のとおりであるから、第一引用発明の前記あらかじめ口部(ネジ付押出口)を成形したパリソンも右技術用語にいう「パリソン」に該当することは明らかであり、これと異なる見解に立ち、第一引用発明が口部が射出成形で形成され、口部成形後にはじめてパリソンが形成されるものであると誤って認識し、これを前提とし、この点を本件審決は看過誤認している旨の原告らの主張は採用できない。したがって、第一引用発明も、「多層構造の熱可塑性樹脂よりなるパリソンをブロー成形金型内で口部(ネジ付押出口)及び胴部(円錐状肩部及び筒状胴部)を備え、底部を備えない可撓性チューブ状物を中空成形する方法」であるということができる。また、原告らは、本件審決は、第一引用発明が底のないチューブ本体が多層パリソンから割型内で中空成形される構成であることを看過誤認している旨主張するが、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、本願発明と第一引用発明との対比判断の項(請求の原因三3)において、第一引用発明はパリソンから底部の開口したボトルを直接成形している旨認定判断していることが認められるから、本件審決には、右原告ら主張のような第一引用発明についての看過誤認はない。
(三) 以上の次第であるから、本件審決には、本願発明の構成及び第一引用発明の構成について原告ら主張のような事実の看過誤認はなく、本願発明と第一引用発明との間に原告ら主張のような相違点は存在しないので、その相違点なるものの看過誤認はないから、本願発明の奏する効果の原告らの主張について判断するまでもなく、取消事由(2)をもって本件審決を違法として取り消すことはできない。
3 取消事由(3)について
(一) まず、本件審決挙示の相違点(イ)についての判断の誤りの有無について判断する。
第二引用例には、スクイズチューブの筒部材を、中心層がエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物であり、内外層がポリオレフィン樹脂であり、両中間層がポリエチレン又はポリプロピレンの不飽和カルボン酸グラフト物である五層の熱可塑性樹脂より成るもので構成したものが記載されていること、第二引用考案の五層の熱可塑性樹脂の各層に用いられる樹脂が、本願発明で用いられる五層の熱可塑性樹脂の各層に用いられる樹脂とそれぞれ同一範ちゅうのものであること、本願発明における酸素透過係数は、第二引用考案の中心層に用いられる樹脂が普通に有する物性を単に数値的に明示したにすぎないものであることは原告らの自認するところであるから、本願発明に用いられる熱可塑性樹脂より成る多層構造は、第二引用例に記載されているものにすぎないと認めることができる。
そして、前叙のとおり、第一引用発明が、多層構造の熱可塑性樹脂よりなるパリソンをブロー成形金型内で口部及び胴部を備え、底部を備えない可撓性チューブ状物を中空成形する方法であるところ、第一引用例についての前記認定事実によれば、第一引用発明は、三層以上の熱可塑性樹脂から成るものの製造を排除するものではないと認められ、一方、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証によれば、第二引用考案は、食品、医薬品、化粧品を主包装対象物とするところの、注出口及びこれに連なる円錐状の肩部を有する頭部と、筒状の胴部を接合してなる合成樹脂製スクイズチューブの構造に関する考案であることが認められるから、第一引用発明と第二引用考案は技術分野を共通にするものであるということができ、そうであれば、特段の事情のない限り、第一引用発明の製造方法に第二引用考案のチューブ材を適用することは当業技術者であれば容易に想到できたということができ、これと同旨の、本件審決の本件審決挙示の相違点(イ)についての判断に誤りは認められない。原告らは、第一引用発明の製造方法に第二引用考案のチューブ材を適用しても、第一引用発明の射出中空成形法では、口部や円錐状肩部に五層構造を明確に形成させることは困難であるとして、本件審決の右判断を誤りである旨主張するが、原告らの右主張はその事実を認めるに足りる証拠がないので採用することができない。
(二) 次いで、本件審決挙示の相違点(ロ)についての判断の誤りの有無について判断する。
「小さな押出口を有するチューブへの粘稠物の充填は、チューブ底部を切断した開口部より行い、次いで開口部を熱接着すること」(以下「底部切断法」という。)が第二引用例に明示されていないことは被告の自認するところであるから、「底部切断法」が第二引用例に明示されているとした本件審決の認定判断が誤りであることは明らかである。しかし、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、「底部切断法」が周知のことにすぎないともしていることが認められるところ、《証拠省略》によれば、プラスチックチューブは普通底部から充填し底部の端をヒートシールすること、チューブに使用される材料はシール性のよい熱可塑性プラスチックがほとんどであること、ブロー成形により形成されたチューブの底部を一旦切断し、該底部より内容物を充填後ヒートシールを行うことは、いずれも押出プラスチックチューブ容器の技術分野において本願出願当時周知の技術的事項であったことが認められるので、結局、「底部切断法」が周知のことにすぎないとした前記本件審決の認定判断に誤りはない。原告らは、仮に「底部切断法」が周知の技術的事項であったとしても、本願発明のような多層チューブ容器には適用されない旨主張するが、本願発明で用いられる多層構造(層構成)は第二引用例に記載されているものにすぎないことは前叙のとおりであり、第二引用例に、スクイズチューブの端末部はヒートシールされることが記載されていることは原告らの自認するところでもあり、前記周知の技術的事項である「底部切断法」が多層チューブに適用できるとすることを妨げる証拠もないから、前記原告らの主張は採用できない。そうすると、本件審決挙示の相違点(ロ)についての本件審決の判断に誤りはない。
(三) なお、原告らが特段のものと主張する本願発明の奏する効果は、前記のとおり、第一引用発明と第二引用考案とを組合せたものの奏する効果ないし周知の技術的事項から予測されもしくは第一引用発明と第二引用考案とを組合せたものに周知の技術的手段を適用することにより奏される効果の域を出ないものであるから、本件審決をもって、本願発明の奏する効果が特段のものであり、これを看過誤認したとすることはできないので、してみれば取消事由(3)をもって本件審決を取り消すべき違法があるとはなし難い。
4 本願発明の奏する効果について
(一) 原告らは、チューブ容器のネジ付押出口、円錐状肩部及び胴部の全てに五層パリソンの積層構造が導入されることにより内容物の保存性や保香性が向上するという特段の効果(原告ら主張の効果a)がある旨主張するところ、前掲甲第八号証(本願明細書)によれば、右の効果は、ネジ付押出口、円錐状肩部及び筒状胴部の全てが本願発明の層構成からなる多層パリソンのブロー成形により一体に成形されることにより継目が存在しないことによるものであることが認められ、そうであれば、第一引用発明の方法もネジ付押出口、円錐状肩部及び筒状胴部の全てが多層パリソンのブロー成形により一体に成形されるものであることは前叙のとおりであるから、第一引用発明の方法も継目のないものを成形する方法であることは見易い道理であり、しかも、本願発明の層構成は、第二引用考案の層構成にすぎないことは前叙のとおりであるから、本願発明の右効果は、第一引用発明と第二引用考案とを組合せたものの奏する効果にすぎないということができ、第一引用発明に第二引用考案を組合わせることは容易に想到し得たことは前叙のとおりである。
(二) また、原告らは、底部に連なる筒状端縁部において底部を切断、除去することによる特段の効果(原告ら主張の効果d、e)を主張するが、ブロー成形により形成されたチューブは普通底部を一旦切断し、該底部より内容物を充填後ヒートシールを行うことは本願出願当時当業技術者にとって周知の技術的事項であったことは前叙のとおりであるから、右原告らの主張する効果は、右の周知の技術的事項から予測される効果にすぎないということができる。
(三) 更に、原告らは、通常用いられるボトル用中空成形機を用いて能率的且つ経済的に製造することが可能となるという特段の効果(原告ら主張の効果f)を奏する旨主張するところ、右効果は、チューブ容器が有底のボトルを前駆体とすることによるものであることは原告らの自認するところであり、《証拠省略》によれば、連続押出しにより成形された中空管状(チューブ状)パリソンを金型内で中空成形して、ネジ付口部、円錐状肩部、筒状胴部及び底部を一挙に形成する吹込成形法による可撓性ボトルの成形法が本願出願当時当業技術者にとって周知の技術的事項であったことが認められるから、原告ら主張の右効果は、右周知の吹込成形法を適用することによる効果にすぎないことが認められる。
(四) 以上のとおりであるから、本件審決には原告らが主張するような本願発明の奏する特段の効果の看過誤認はない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤った違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 西田美昭 木下順太郎)